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『RALLY&CLASSICS vol 01グループAラリーのすべて』(三栄書房)

モータースポーツの一つである世界ラリー選手権の歴史上、最大の失敗と悲劇によって幕を降ろしたグループB時代の後にやって来たのは、グループAと呼ばれる車輌規定の時代でした。
その幕開けこそ「迫力のカケラもない」と揶揄されたのですが、その第一印象とは裏腹に、後にこの新時代が収めた成功は近代ラリーの礎となっていきます。 そこには単純にモータースポーツとしてだけではなく、スポーツ・企業活動・組織運営・経営などあらゆる分野で参考にできる側面もあると思っています。

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WRC(世界ラリー選手権のコトね。)の車輌規定が変わったことにより、ラリーカーはそれまでのグループB(12ヶ月でたった200台生産すればどんな車でもOK)からグループA(12ヶ月で5,000台以上生産された4名乗車~の車)へと移行になりました。

要は『もう無茶な車はダメ!4人乗りの大量生産車で安全に走ろう!』という意味であり、必然的に安全な鉄ボディ・低出力エンジンの一般乗用車にならざるを得ないから、性能の抑制と安全面の向上が期待できると考えた訳です。
ところが安全面は大幅に改善されたものの、それまでの市販車そっくりのカバーを被せただけのレーシングカーのダイナミックな走りと比べると、量産市販乗用車に毛の生えた程度のラリーカーの走りは何とも見応えのないものだったそうです。 しかも話が急すぎてラリーカーを用意できたメーカーは少なく、最初はランチアの一人相撲でした。

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他のメーカーは手を引いてしまったので、いわゆる『ランチアの牙城』と呼ばれた時代でした。

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他はサーキット用のツーリングカーを手直しした程度のマシンばかり…。

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やがて長い道のりを経て、国産4WDがついにランチアを捉えます。

(トヨタ初の本気は他社の3~4倍にあたる最大100億円/年という巨額の予算を注ぎ込み、それはTTEと一組のドライバー&ナビゲーターの取り組みによって実を結びました。)
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やがてフィアットグループの方針により、ランチアの時代は終わりを告げます。

(一つのラリーにこれだけの人員と機材が持ち込まれたことも…。)
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そのTTEも問題を起こして去っていきます…。

(ランチアはバレなかったけど、こちらは発覚…。)
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グループA時代は序盤こそランチアの独走でしたが、やがて他社も4WDラリーカーを用意して参入。 WRCはまたしても群雄割拠の戦国時代に突入していきました。

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そしてグループB時代に撤退したメーカーも帰って来ます。

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あのメーカーも本気になったみたいで…

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グループA時代後半に覇を唱えます。

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そこに割って入ったのは意外なメーカーでした。

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そこへトヨタを勝てるマシンにした彼らが合流して、蒼いマシンは力を増します。

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グループA時代後半は赤と蒼の激突の舞台と化していきます。

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技術の進歩は目覚しく、グループAのラリーカーはグループB時代よりも速くなったのに、車体構造の技術も進歩して安全性は劇的に向上しました。

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※… 余談ですが上の画像の左の蒼い車は、昨年末に起きた中央高速の笹子トンネル天井崩落事故(犠牲者の皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げると共に、ご遺族の皆様には謹んでお悔やみ申し上げます。)で奇跡の生還を果たした車輌と同型の物です。
国産乗用車の衝突安全基準が制定される前の時代の車にも拘らず、搭乗者の方々が多少のケガだけで生還できたのは、ラリーでの大事故に備えた安全性を念頭に置いて、独自の判断で開発されたボディだったからだろうと言われていて、改めて高く評価されています。
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また、競争が激化する中で馬力規制が度々見直されたこともあり、長く続いたグループA時代の死亡事故は激減して極々限られたものでした。
こうして成功を収めたグループA時代は車輌規定をWRカーへと移行して、彼らの激突は次の時代へと続いていきます…。

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この本の中では、国内の冊子では滅多に登場しない人物のインタビューが掲載されていました。
その厚い人望で、国籍を越えた人材を率いた今は亡きTTEの代表者、オベ・アンダーソン氏や…

(この記事が購入動機です。)
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左の中段にルイス・モヤ氏も…。

(このヒトの話はもっとたくさん読みたい!)
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なんとジョリー・クラブの監督、クラウディオ・ボルトレット氏まで!

(チェザーレ・フィオリオ氏のインタビューも欲しかったなぁ…。)

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そして巻末にはグループA時代の代表的なドライバー、カルロス・サインツ氏のロングインタビューが収録されていました。

(初めてセリカに乗った時から「いつか頂点へ上り詰めるだろう」って思って注目してたんだよな…。)
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グループAラリーの時代も今は昔。 でも大きな転換期になった時代であり、個人的に最もラリーに熱中した時代なんで、今でも思い入れが強いんですよね…。

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この時代のラリーを知ることは、スポーツ・企業活動・組織運営・経営などあらゆる分野で参考にできる、『目的の為にあらゆる努力をする』ということを学ぶことに繋がるのではないかと思っています。

三年ほど前に出た本なので、まだバックナンバーが手に入るんじゃないかなぁ…。

 

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