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冷めたコーヒーと上司とHさんの思い出

ホットコーヒーを眺めていると、昔の上司とHさんというお客さんを思い出します。

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企業や組織を舞台にしたTVドラマを見ていると、たまに派閥闘争や出世競争などを描いた劇中で、ライバルや邪魔な上司を飛ばす人事異動を画策するシーンを見かける事があります。 大抵は自分の派閥や自分の欲望とか利益の為に、その手段として他人を陥れるというカンジで描かれています。

それらとは全く違う事情・目的だったのですが、盛豚はたった一度だけ自分以外の人物の異動を画策した事があります。
その対象となった相手は当時の直属の上司でした。

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その頃は若造にありがちなエネルギーを持て余し、納得できないとトップの命令も無視する事さえある「ちょっと暴走気味の若造サラリーマン」でしたが、そんな盛豚も直属の上司「親父さん」には頭が上がりませんでした。
そして自分自身が出世したいと思う事はなく、「ずっと今の環境で仕事をしていたい」と、親父さんに頭を抑えられて従う事に、不思議な心地良ささえ感じていたものでした。

会社組織の命令や方針には、たまに「黙って従え!」的な大人の事情というヤツもあったりするのですが、その度に親父さんは不良少年みたいな若造サラリーマンが渇望している、「向き合ってくれる姿勢」で、「省略しない説明」・「裏事情」・「解釈」・「大局的な見地の解説」・「経験談」を分かりやすく話してくれるので、盛豚や武道派の先輩方も親父さんの言葉には素直に従ったものです。

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週に三回も人工透析を受けているにも拘らず、盛豚達を社内外のあらゆる外圧から体を張って護ってくれていた親父さんでしたが、その無理が祟ったのか数年後にある兆しが出始めました。
歩く時に真っ直ぐ歩けなくて蛇行する様になったのです。

最初に気が付いたのは盛豚でした。 ところが休む様に促しても、親父さんは「大丈夫や、何でもない」と言って聞きません。 やがて顔色が悪い日や欠勤が増えて来たある日、盛豚はついに苦渋の決断をしました。

「ずっと親父さんの下で働きたかったけど、親父さんにはもっと楽な部署に異動して貰おう。 それしかない…」

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すぐさま地下工作を始めました。 こんな事をすると盛豚自身が「他人の人事を画策しようとする奴」とか、「手段を選ばない奴」として会社から危険視される事になるのですが、そんな事などまるで顧みませんでした。
会社の裏番長的な人物や人事や支店のトップに秘かに掛け合い、盛豚の会社に対する絶対服従と処遇不問を引き換え条件に、親父さんの為の安楽椅子的なポストを新設して頂く確約を取り付け、何食わぬ顔で仕事を続けました。 ところが支店のトップ(常務取締役さんです…)からの打診に対し、親父さん自身が「部下が若輩ばかりなので、自分が護ってやらなければならない」と拒んでいるから、話が前に進まないという情報が入って来ました。

親父さんは弁が立つ上に筋金入りのガンコ者です。 もはやその説得役が出来そうな人は社内にはいませんでした…。 地下工作で関わった人達は諦めかけていましたが、盛豚は諦めませんでした。 そして親父さんが営業時代に長い付き合いがあったHさんというお客さんに白羽の矢を立てました。

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そのHさんという方は業界でも有名な方でした。 ヤクザも顔負けのイカツイ風貌と腕っ節、仕事の厳しさ、ウォッカをコップ酒で飲む豪快な飲みっぷり、大きい声では言えない数々の武勇伝…。 こちらの都合で電話をかけられる業界人は皆無に近い豪傑漢です。 でも盛豚は親父さんの関係で営業部を差し置いて直接やり取りする関係が出来ていたので、

「ご相談があります。 仕事の話ではありませんが、お聞きになれば必ず納得して頂ける話です」

と言うと、何とHさんは次の日に出向いて来て下さいました。 盛豚は人目を避けて秘かに会社の近所の喫茶店へ行ってホットコーヒーを二つ注文し、そこでHさんに事の次第を全てお話ししました。
そして最後に、「筋違いなお願いだとは分かっていますが、戦友というか兄貴分みたいなHさんの言葉なら聞くんじゃないかと思って…。 あの親父を説得してやって貰えませんか」とお願いしました。

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既にコーヒーは冷めていました。

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Hさんは少し黙ってから、「そんなに悪いのか…。 だが、そういう話なら俺が言ってもアイツは聞かん。 お前の会社で本社に栄転したH常務に相談してみろ。 アイツはH常務の言う事なら従う筈や」と、親父さんの後ろ盾の存在を教えてくれました。 そして盛豚にコーヒーを飲む様に促してくれました。

盛豚が冷めたコーヒーを飲み干すと、Hさんが「話はこれで全部か?」と念押しされたので、「そうです。 ありがとうございました」と応えました。

するとHさんは伝票を握って立ち上がり、こう仰いました。

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「アイツの事を思ってくれてありがとう。 よく俺に話してくれた。 このコーヒー代は俺が払わせて貰う。  …、アイツはいい部下を持ったな…」

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夕日に向かって歩いて行くHさんの大きな背中に向かって、盛豚は深く頭を下げて見送りました。

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親父さんが異動になったのは、それから二年後の事でした。

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コメント

こんにちは。
たまにブログに登場する親父さんですね。
いつもながらホロリとさせられるいい話です。
現在も親父さんはお元気にされているのでしょうか?

素晴らしい出会いをされましたよね。
労を惜しまず動くことができるのは素晴らしいことだと思います。
兄さんも書かれてますが、親父さんはお元気にされていらっしゃいますか?

>kimotoshiさん
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今晩は。
はい、あの親父さんです。 今の職場にはいない昭和の男を絵に描いた様な方でした。
おかげ様で定年退職後は悠々自適にされている様です。

>いずみさん
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この親父さんと究極の上司は、私のサラリーマン生活における最高の出会いでしたよ。 部下一同、「会社や役員にはムカつくけど、親父の為に頑張ろうぜ!」みたいなムードがありました。
因みにこの日の晩は嘆願書を書く為に時間を費やしたので、書き上がったら日付が変わっていて終電も無くなっており、仕方なく会社に泊まったのはここだけの話です。
その後、親父さんが定年退職されるにあたり、当時の部下が各地から集まって送別会をしたのですが、その席で「もう時効ですよね…」と前置きして、この事を全て白状しました。
労を惜しまず動く事に、喜びの汗を流していた頃の思い出です。
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おかげ様で親父さんは今もそれなりに元気でやってます。

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