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『RALLY CARS 02』(三栄書房)

悲劇と失敗によって幕を閉じたグループBラリー時代でしたが、そもそもFIAが想定していたグループBラリーカーとは、市販乗用車の延長線にあるエボリューションモデルでした。

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自動車競技は一歩間違えると一つの大企業チームの一人勝ちで勝負にならなくなり、競技の存続が危うくなる宿命を背負っています。
業界は違いますが日本のプロ野球で例えると、ペナントレースで1位と2位のチームの勝ち星の差が6月末で20勝差にもなったら、ファンも白けてしまいTV視聴率や観客動員数はガタ落ちになる事でしょう。 競技とは手に汗握る接戦・激しい競争があってこそ、その存在意義があると言えます。

 

市販車ベースのモータースポーツにおいては、ワークス参戦するメーカーの資金力や、有利なベースマシンとなる市販車を製造・販売する販売力やシェアの差によって、競技前から競争力の差が出来上がってしまう事があります。 この差を極力なくす為に企業規模の大小に関係なく参加し易いように配慮して、ルールの設定や変更に気を配るのが主催者の大事な役割りの一つです。

こうした配慮と狙いからベースマシンの生産台数規定を200台まで減らしてみたところ、FIAの狙いとは裏腹にメーカーは市販乗用車を改造するのではなく、ラリー専用のムチャクチャな車輌を作って持ち込み始め、パイプフレームだのFRPボディーだので作った危険極まりないラリーカーが横行し(一歩間違えれば走行中にいきなり火ダルマになるデルタS4とかね…)、死亡事故や大惨事が続発した事からグループB規定のラリーカーは廃止になりました。

 

ここまでは以前にも書きましたが、そもそもFIAが想定していたグループBラリーカーとはどのような物だったのでしょうか? その答えがここにあります。

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丈夫な大量生産の乗用車であるトヨタセリカをベースに、ライト周りを固定型のシンプルなデザインに変更して、太いタイヤが入るようにフェンダーパネルの形状を大きく作り直して、駆動系やエンジンを強化した程度の物です。 本来はこれこそがグループBラリ-カーのスタイルとなる筈だった(実際、グループ4時代からグループB時代への移行期に、革命を起こしたアウディ・クアトロはこういう車輌でした)のですが、現実はこの想定から逸脱した方向性へと暴走して行きました…。

サファリラリーを中心にアフリカの過酷なラリーでは強かったイメージがあるセリカ・ツインカムターボですが、裏を返せば市販乗用車に毛の生えた程度の時代遅れな重たいラリーカーで、グループBラリーカーとして通用するのはエンジンパワーだけであり(ユハ・カンクネン選手がヘンリ・トイボネン選手のランチア・ラリー037と並べて加速競争したら、カルくランチア・ラリー037を置いてけ堀にできたそうです…)、シャーシは市販乗用車レベルの重さと丈夫さだったので、逆を突いてデリケートなパイプフレームや4WDでは強度面で厳し過ぎるアフリカのラリーに賭けたのです。

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実を言うとモータースポーツに対してアリバイ作り程度にしか取り組まないメーカーには関心が無いので、当初はこの本を買うつもりはありませんでした。
実際に本屋さんでこの本を手にとってパラパラと中を覗いても、「社長命令で始めたのに、金は出すけど人は出さないと言われて、集められた人員はたったの四人だった」というインタビュー記事や…

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ラリーのベース車輌は規定で200台作るだけでいいのに、その200台を「売れる訳が無い」と上層部に大反対されて開発が遅れたとか…、開発中に責任者が人事異動になっただとか…、読んでいてガッカリするような保守的ニッポン企業体質の話がチラホラ…。
まぁ正直に書いてくれるのは良い事なのですが…。(苦笑)

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とりあえずたった四人で繋ぎ用にセリカターボの改造車を開発。 そいつでひとまず参戦して時間を稼いでおいて(この考えが既に他社から遅れを取っている…)、その間に他社みたいなミッドシップ4WDターボの本気マシンを作ろうという事になりましたとさ。
TTEの要求した条件に対してとりあえず用意したセリカ・ツインカムターボは、ターボエンジンであるという条件一つしか応えられなかったとか…。

(だからタイトル争いできないんだよ…)
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グループA時代に比べて小ぢんまりとした規模のTTEスタッフ達。

(よくオベ・アンダーソン氏に見捨てられなかったモンだ…)
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サファリなどのアフリカ系ラリーでは幅を利かせていましたが、WRCのメインステージであるヨーロッパラウンドのスピードラリーではプジョーやランチアの敵ではなく、まぁまぁ健闘する程度…。

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サファリキングことビョルン・ワルデガルド選手がいたからこそ、サファリの勝ち星も付いたんですよね…。

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元世界チャンピオンでベテランのワルデガルド選手をエースドライバーに、セカンドドライバーにはまだ経験が少なく実績も無い若手の選手が起用されました。

トヨタ社がチーム運営に口出ししていたら決して起用されなかったであろうその若手ドライバーには、ワルデガルド選手が惜しげもなく手の内を明かして、レッキ(下見・練習走行)では横に乗せてまでラリーカーの運転テクニックを教えてくれたのだそうです。

その若手選手はやがて四度も世界チャンピオンに輝くトップドライバーに成長しました。 ちょっとラリーに詳しい人なら誰でも知っている名前なのですが、ユハ・カンクネン選手といいます。

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彼はやがてベテランのエースドライバーとなった時に、かつて自分がそうして貰ったように若手のセカンドドライバーを横に乗せて、ドライビングテクニックを惜しげもなく教えました。 その中には後に何度も世界チャンピオンとなって、ラリーの歴史に名を残すカルロス・サインツ選手やトンミ・マキネン選手もいたそうです。
そしてカルロス・サインツ選手が成長してトヨタのエースドライバーになった時に、若手のパトリック・スナイヤーズ選手を横に乗せてセリカGT-Fourのドライビングテクニックを教えたというのは有名な話です(良い伝統が受け継がれていくのは素晴らしい事ですね)。

当初は興味が無かったこの本でしたが、このユハ・カンクネン選手のインタビュー記事が目当てで買ってしまいました(これでビョルン・ワルデガルド選手のインタビュー記事があれば言う事はないのですが…)。

 

盛豚は関心のある事について知り学ぶ為には出版物を読むだけでなく、関係当事者から直接話を聞くか、その関係当事者が出演しているTV番組や動画を見るか、その関係当事者のインタビュー記事を出版物で読む事を重視しています(実際、自動車の草レースで競技用エンジンを仕上げる為に出版物を読み漁るだけでなく、レース関係者から指導を受けるべく大阪⇔東京間を何度も往復したものです…)。 これは報道機関や出版社の主観や願望・幻想による思い込みでの誤った解釈により、加工されて間違った情報を読まされてその誤解を信じてしまう事を防ぐ為です。

こうした誤解はモータースポーツを含む自動車・オートバイ業界においても多数の例があり、「ハコスカGT-RのS20エンジンは日産R380のGR8エンジンのディチューン版である(←シリンダーヘッドの形状が全然違うしバルブの仰角も全然違う。 腰下もシリンダーボア以外に共通点はほとんど無いしストロークもブロック形状も違う。 自分でエンジンを組む人間ならどんなバカでも一目で全く別のエンジンだと分かります。 要はGR8でノウハウを積んだ後に設計した市販乗用車用ハイスペックエンジンがS20エンジンというだけの事で、ヘッドもブロックも型式も異なるエンジンはチューン・ディチューン以前に同系エンジンでさえありません)」とか、「ホンダCBX-1000はRC166のレプリカである(←開発担当者がインタビューで自分はレースと全く関わっていないし、RC166を含むレースバイクには全く興味もなければ意識もしていないし、6気筒エンジンは単なる個人的な思いつきだったと完全否定していました)」などという都市伝説は、そうした誤解の典型的な例です。

こんな事がよくあるので、盛豚は報道関係のファンが思い込みで書いた誤解記事に騙されないように、関係当事者本人の言葉をなるべく忠実に伝えてくれるインタビュー記事に目を通すようにしている訳です。

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ちなみにトヨタ社が本命として開発していたミッドシップ4WDの『222D』についても、少しばかり解説されていました。
この『222D』というのは開発コードであって車名ではありません(ランチアで言えば037とか038に該当します)。 開発している最中にグループBの廃止が決定してしまったので、このマシンの開発は中止になってしまい、完成して名前が付けられる事もなく放棄されて今に至ります。

本文では「車名にはMR2の名前が付く事になっていた」などと書かれていますが、関係当事者がインタビューで「キャビンの一部を流用したけど、雰囲気が似ているというだけでMR2とは全く関係ない車輌だし、MR2とは全く異なる名前を付ける予定だった」と証言しています(←ランチア・ベータモンテカルロとランチア・ラリーみたいなモンですな)。

(似てるからって勝手な願望・幻想・思い込みを書き立てるのですよ。 メディア関係者のファンってのは…)
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トヨタ社が出資して作ったラリーチームのTTEは、やがて増資してトヨタ関連子会社のTMGというモータースポーツ企業になり(チーム名はしばらくTTEのままでした)、やがてラリーでの不祥事・撤退の後にF1等の周回レースへと転向して行きました。
同社が唯一本気でモータースポーツに取り組む組織は、その人望で知られた故オベ・アンダーソン氏が築き上げたこのTTEですが、氏が引退してからはトヨタ社の日本人幹部が送り込まれて運営にあたったり、チーム名もTMGに改められました。 その後も桁外れに莫大な予算(本当に他のトップコンストラクターとは1~2桁も違う巨額です…)を注ぎ込んだわりには、ル・マン24時間レースでもF1でも一勝もできずに撤退したのは有名な話です…。

唯一成功したTTEのラリーって、やっぱオベ・アンダーソン氏の人望があってのモノだったのかなぁ…。

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コメント

こんばんは。
とっても読み応えのあるブログ記事で
会社から帰りの電車があっという間でした(^^)
あらゆる所でコストダウンしまくっている日本企業が
レースを続けるのは難しいでしょうね。
うちのカワサキも販売に繋がる市販車ベースの
レースしかやらないですしね。
GP500やMotoGPであれだけ日本人選手が表彰台に上がっても
メディアが取り上げないのも日本のモータースポーツが
栄えない原因の一つなんじゃないかなと思います。
サッカーや野球にない駆け引きがあって面白いんですけどねf^_^;

>山ちゃんさん
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今回は辛辣な私見を展開してしまったにも拘らず、読んで下さってありがとうございました。
企業は技術研鑽と宣伝の為にモータースポーツに参加するので、販売に直結する市販車ベースのレースやラリーに参加する事には特に問題はないと思っています。 しかしそのレースやラリーがMotoGPみたいに脚光を浴びていないのなら、競技を取り巻く環境にもテコ入れしてその価値を高めつつ社会的に定着させる努力も必要ですよね。
最近はメディアに対する働きかけも弱くなり、「マニアの方は勝手にBSでどうぞ。 広く一般社会向けの地上波放送では採り上げません」みたいな扱いになってしまってますが、これではモータースポーツが日本の社会に浸透する日は来ません。 T社のように小国の国家予算を遥かに上回る巨額の資金を注ぎ込んでいる企業には、ぜひその使い道についても再考願いたいですね。

こんばんは
とても読み応えがある記事で、引き込まれました
何度か読み返したいくらいです

>cycle446さん
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今晩は。
文字数が多過ぎて読み疲れたのでは?(苦笑)
モータースポーツの話になるとどうも暴走しがちでお恥ずかしい限りです。 宜しければお仕事の合間の息抜きや気分転換に、分割で読み返してみて下さい…。(笑)

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