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大川峠

かつてそこには大川峠と呼ばれるワインディングロードがありました。

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大阪から和歌山の加太に向かう道中に、大阪南部と和歌山北部の峠小僧達の間では走りのメッカとして知られた大川峠がありました。

対面交通の峠道でしたが見通しが効かない箇所が非常に多く、更に道幅が狭い上にとてもツイスティーだった為に、3ナンバーの自動車がセンターラインを割らずに全コースを走る事は不可能なほどでした。 その為に自動車事故が絶えず、峠小僧が群がるのも社会的に問題ではありましたが、あまりに狭くツイスティなこの峠ではとにかくスピードが出せないので、自動車事故のほとんどが一般車輌によるものだったのが実情です。

峠小僧だけが問題なのであれば、取締りをして箕面や六甲みたいに二輪のみ通行禁止にすれば良いのですが、大川峠における一般車輌の自動車事故がどれだけ問題だったかについては、交通網の発達と自動車事故の対策のために大川トンネルが建設され、2006年に大川峠は閉鎖されてしまった事が物語っています(止めを刺したのはドリフト小僧のワルサかもしれませんが…)。

 

若い頃の盛豚が週末になる度に泉州の実家からオートバイでせっせと通ったその大川峠は、今では自転車と歩行者のみが通行できる遊歩道となっています。 何故か最近になって急に懐かしさがこみ上げてきたので、自転車で行ってみる事にしました。

日曜日の朝は道が空いているので遠出には好都合です。 自転車にとって交通事情が悪い大阪市内南部と堺市北部を一気に駆け抜けて、久し振りの泉州の道を走ります。

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泉州・阪南の道路は車道が狭くて自転車には向いていないのですが、府道204・63号線(いわゆる旧R26ね…)に入ると車線と路側帯の間に予備の通行帯があるので、グッと走り易くなります。

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ようやく阪南に入りました。 阪南のパン屋さんの雄であるグラン・グルトンさんで小休止です。 このお店のパンはレベルが高く、いつ来てもお客さんの車で溢れかえっています。

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こちらには知り合いの店員さんがいる筈なので店内をキョロキョロしてみると…、いましたいました! パートのおばちゃん達に混じってウサギさんみたいに可愛らしい女性の店員さんが約一名。(笑)
トングを小さく振って合図をすると気付いてくれたのですが、パンの仕事は手を止められないので一言二言だけ挨拶してから出発しました。

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そして走ること五時間、大川峠が見えて来ました。

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自転車や歩行者はゲートの横から入れます。 

(さぁ行くか!)
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廃道になってから七年、アスファルトはまだ綺麗ですが継ぎ目から当たり前のように雑草が…

(自力で登ると結構キツイ上りだなぁ…)
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路肩は雑草や落石が目立ちます…

(いつ来てもガードレールはベコベコだったナ…)
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タイトコーナーをいくつか抜けて『潮騒コーナー』へ…

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潮騒は廃屋と化していました。

(あの頃はお金が無くて一度も食べに来れなかったな…)
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『130R』。 ここを駆け上がる時によく対向車線を走るオートバイが3速全開で飛び込んで来たっけなぁ…

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『ストレート』はもちろん全開で…

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『ギャラリーコーナー』は一番の見せ所だったナ…

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いくつかタイトコーナー(本当に狭い!)を抜けて『頂上ストレート』へ。

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そして『頂上』。

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ここからは下り。 逆バンクのコークスクリュー『ケープインコーナー』を切り返して…

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230度ヘアピンの『(出口は)まだか!』を我慢して抜けて…

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直角S時を抜けたら高低差のある『第三ヘアピン』

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下り勝負でFZ750を抜くためにXLRがガードレールの縁からショートカットしたという大川伝説(たぶんネタだと思う…)の、これまた高低差のある『第二ヘアピン』

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そしてやっぱり高低差のある『第一ヘアピン』を抜けたら…

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あとは直線をアクセル全開で休暇村加太の『駐車場』へ! …って、今はゲートで封鎖されてるんだよな…。

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休暇村加太のレストラン桜(盛豚や峠小僧はお金が無くてココで食べられなかった…)は無くなってました。

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駐車場ではオートバイで来てるおっちゃん達と少しおしゃべりしてから、グラン・グルトンさんで買ったパンをたいらげて出発しました。 加太の漁港でグルメでもと思っていたのですが、時間も押していたので帰路に着きました。

帰りは大川トンネルを通って…

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(意外と暗くて長かったです…)
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振り返ると地島・神島が…

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対岸に淡路島を眺めてから加太の海に別れを告げます。 ここからは最低限度の休憩で淡々と走りました。

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そしてR26の大和川を渡る橋の信号待ちでのことです。 信号がは青になると同時に後ろにいたベンツがスルスルと並んで来て止まりました。 そしてその窓が開きながら「スミマセーン、ソノジテンシャ、トラセテモラッテモイイデスカ?」という声が聞こえて来ました。
「何を言うとるねん、信号が青になったばかりなのに車を止めてそんな事してたら、後ろで暴動が起きるで!」と思いながら振り向くと、そこにはプラチナブロンドが良く似合う絶世の美女が必至にデジカメの電源を入れている姿が…。
思わず「ハイッ!」と従ってしまいました…。

 

その後も淡々と走って、UNPEUさんに立ち寄ってから帰りました。

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盛豚にとって走りの原点とも言える大川峠も、閉鎖された今となっては再びオートバイや自動車で走る事は叶いません。 でも運転のカンや技術だけでなく咄嗟の対応や状況判断と予測、そして一般車の事故処理・交通整理など、ここで学んだ事は多いですし今でも役立っています。

 

久し振りに見た大川峠の姿は、まるで『ヨコハマ買出し紀行』の世界みたいに人がいた記憶を残しつつ、そしてゆっくりとたそがれて行くかのようでした。

「もしかすると辛うじて原形を留めている大川峠が、今の内にその姿をもう一度見に来て欲しいと呼んでいたのかな?」

そんな気がした日曜日でした。

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コメント

> ガードレールの縁からショートカット

って、そ…それは…
藤原拓海がいろは坂で小柏カイにやられたワザやないですか。
なんと大川峠にも「地元スペシャル」のラインがあったんですね…

しかしそれにしても、盛豚さん。
リカちゃんで坂道ポタリングとは、なかなか良い趣向ですね。
今度いっしょに勝尾寺~妙見山へでも。

私はかつて、まさに峠小僧でした。
思い出のホームコースは万博の南駐車場と茨木のサニータウン。
いずれも元来秩序が守られていたのが、マナーの悪い連中の乱入で取り締まりの対象に。
終いには『ローリング族』と名付けられ反社会的な存在として蔑まれるに至る。

後に『ナビオ族』と呼ばれこれまた取り締まられることになったカーオーディオもわたしのルーツの1つです。
終いには『ローリング族』と名付けられ同じ結末を辿りました。

いずれも流行りの先駆けを担いましたが、人数が増えるとダメですね。

それまでは古き良き時代でした。

時は流れ、自転車も空前のブーム。
特にリカンベントは私にとっての最後の砦。
そうはならないことを切に願います。

海が眺められるサイクリングは気持ち良さそうですね。

かつてその峠で起きた事故のエピソード、それに写真の廃屋など見ていると、
日が暮れてからは、心霊ポタだってできそうです。

私はバイクで峠を飛ばした思い出はありませんが、
高校時代、仲の良い友達が岬町とか岸和田の人が多かったので、
地名を見るとなんだか懐かしい気がします。

とうとう行ってきましたね(笑)
なかなか感慨深かったようですね。

私は車ではありますが、同じく峠には通った口なので、その峠に行くと当時の事が良き思い出として呼び起こされますね。
すっかり歳取った自分が今では自転車で当時の何倍もの時間をかけて自力で走ってることに感激したり。
まあいずれにせよ走る事は楽しいし、幾つになっても夢中になれるものがあると言うのは幸せな事です。

ところで可愛いウサギちゃん、気になるなあ(笑)

>ゆっきょさん
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86年に聞いた大川伝説なので、正体は若い頃の小柏の親父だったのかもしれません。(笑)
大川峠は海辺からの上りではありますが最大標高はたかだか130mほどですので、上った内には入らないでしょうね(私にとってはガリビエですが…)。 よくロードの人がトレーニングに訪れているそうですが、この日は私の貸切でしたよ。

>えむきゅうさん
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茨木のサニータウン… 懐かしいですね。
『ローリング族』と言えば『ローリング族』ですが、世間で認識されている『ローリング族(←四輪も含めている事自体が既に変)』は我々の感覚とは少々異る『走り屋風暴走族』ですよねェ…。
警察組織が未熟な知識で音が大きい車輌は何でもかんでも『ローリング族』と思い込み、マスコミに間違った知識を吹き込んだ為に『ローリング族』の言葉の意味が変わってしまった…、そんな時代でしたね。 
  
そもそも元来の『ローリング族』を含む峠小僧は、自分がちょっと反社会的な行為をしている事をある程度認識していましたし走り易い環境で走りたがったので、一般車がいない辺鄙な場所・時間帯を選んで早朝・夕方(自動車は深夜)に走ったものでした。 音が大き過ぎるレーシングマフラーはご法度で、ご近所との兼ね合いを考えて早朝に自宅を出る時は、表通りまでバイクを押して行ってからエンジンをかけて暖機運転していました。
峠で思いっきり走りたかったので一般車に絡む事は無く、一般車が来たら一般車優先で飛ばす事は無く、道を譲ってもらったら手を上げてお礼をしましたし、一般車をアオるなんてあり得なかったです。
限界に挑む走りは事故を呼ぶので、自分のコントロールできる限界を超えない事は、峠小僧の誰もが知る不文律でした。 一般車をなるべく驚かさない様に気をつけて、ヒザがセンターラインに触れないライン取りで走るなど、自分達なりに周囲に気を遣っていたものです。
少なくとも当時の大川峠を走るオートバイの中ではそれがルールで、チーム同士も対立せずに仲が良くそれなりの秩序を維持していました。 音量が大き過ぎるマフラーは走り仲間から指摘・改善要求を受けたり、「付けてみたら音量がデカ過ぎたから、自分でもっと静かなマフラーに交換して来た」となるのが常でしたし、他所から新参者が来てもセンターラインを割ろうものなら休憩スペースに呼び寄せて警告、それでも改善しない場合は叩き出すという具合でした。 ローリング族を正当化するつもりはありませんが、大川峠で峠小僧の二輪事故はほとんど無かったと記憶しています。
  
どんな物でも数が増えるとそれだけで周囲にからは邪魔で目障りな存在になりますから、数が増えるほど人並み以上に周囲に気を遣う必要があります。 ところがその自覚が無いと数が増えるのに比例して関係者のマナーが悪化し、社会問題になって取り締まり・排除対象になってしまいますよね。 私もそうして新しく始めたり見つけたりした遊びが台無しになって、衰退してしまう事を何度も経験しました。 この事が「流行のモノや多数派の立場に身を染めたくない。 流行ってしまったら手を引く」という主義の生き方に繋がったと言っても過言ではありません。
  
今や空前のブームとなりつつある自転車も、法律や環境の矛盾とも相まって際どい状況にあると言わざるを得ませんよね。 近年ではその中でも亜流の存在であるリカンベントを重点的に試行錯誤をしつつ楽しんでいる私ですが、正直言うとリカンベントが社会的に理解を得られる事を願いつつも、絶対に流行って欲しくないと思っています。

>El Gatoさん
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往復路で海を眺めるツーリングを味わいながら通える大川峠は、当時岸和田に住んでいた私にとっては絶好のスポットでした。 麓にある国民休暇村加太の駐車場では、峠小僧もOBもツーリングライダーも不思議と反目する事なく仲良くしていたものです。
事故は多かったのですが狭過ぎて絶対速度が低かったせいか、死亡事故は聞いた事がありませんでしたので、心霊ポタはちょっと…。(苦笑)
岬町や岸和田の人となると、大川以外にも犬鳴とか奥水間とか牛滝なんて言葉も出て来るかもしれませんね。(笑)

>やまおかさん
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三度目の正直でやっと行ってきました!(笑) 懐かしくもあり感慨深かったですよ。
今のやまおかさんしか知らない私にとって、やまおかさんが車で峠って物凄く以外ですねぇ~。 でも言われてみると下りの走りっぷりはその片鱗かもって気がしてきます。
年を取るにつれて乗り物の馬力が下がって時間が増えていく気がしますが、とにかく走る事が好きなので楽しいですし、自転車の場合は走った分だけ体の健康に返ってくるのは喜ばしいものです。 やまおかさんが仰る通り、幾つになっても夢中になれる物があると言うのは幸せだなと感じます。
グラン・グルトンの可愛いウサギちゃんは、見る度にお持ち帰りしたくなります。 スタッフの人達にとっても癒しのペットみたいなものらしいです…。(笑)

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