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消え行くもの

かつてそこには巨大な貨物駅があった。

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HC WORKSさんに行った帰り道、普段は一気に駆け抜けてしまう中津で立ち止まった。 そして何気なくフッと見ると、そこには長らく東海道本線を運ばれて来た鉄道貨物輸送の貨物駅の跡地があった。

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ここにあった貨物駅全体で毎日何tの貨物が荷役されていたのだろう。 今や知る術は無いが、十年以上仕事で関わっていた頃は静岡からの便だけで毎日20t貨車15両×2~4群すなわち最大60両編成あったと記憶している。 その内の約三割が私の担当貨物だったが、水面下では他社の貨物の采配でさえ掌握しており、実質的に大半の意思決定権を握っていた。

減り行く貨物の荷役量を下げ止めるばかりか増加させて駅の稼働率を上げ、この貨物駅の撤退と再開発が何年も遅れる原因となった事については、自分の力で少なからず影響を与えたという自負がある。

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専門商社マンらしからぬ独自のスタンスと人脈をファクターとして仕事をしていた当時の私は、歴代担当者で唯一この貨物駅との深い結び付きを持ち担当者を味方に付け、それを背景に同業他社のみならずあらゆるライバルを出し抜いて、社内でも親父さんを後ろ盾にこの中継点を自分の影響下に置いていた。

月日は流れ自分が移動になった後の担当者達は誰一人この拠点を有効に活用しきれず、時代に流されるがままに貨物は鉄道輸送からトラック輸送へとシフトし続けて、荷役量は下降の一途を辿ったと聞いている。 そして何年も経ってからこの貨物駅の撤去・再開発が再び動き出したと風の噂で聞いた…。

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そして今、ビル群に遮られて夕日も届かないこの地を見渡すと、引込み線も合わせて無数にあった線路は無くなり整地が進んでいた。 ホームとドームは全て撤去されていて何も無くなっていた。

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あの頃は若かったな…。 この地で一日中貨物の荷役が行われていたのも今は昔。

もう思い出の地になろうとしている…。

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