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『GP Car story vol.08 Benetton B192』(三栄書房)

諸般の事情により当ブログの公開・稼動を停止していましたが、対応策の方針が決定しましたので再稼動します(原発じゃないよ)。

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かつてF1のエンジン規約が1.5ℓターボからNA3.5ℓへ移行した頃に、〝柔よく剛を制す″という言葉がよく似合うマシンがありました。 ホンダV型12気筒エンジン・ルノーV型10気筒エンジン・フェラーリV型12気筒エンジンといった大パワーエンジン勢を向こうに回して、出力では少々引けを取るフォードV型8気筒エンジンの軽量・コンパクトという数字に表れない特性を生かし、エンジンパワーに頼らない新しい概念に基づいて設計され、後のF1マシンの方向性を決定付けた革命児。

それがベネトン・フォードB192です。

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アクティブサスペンション・トラクションコントロール・ABS・等の電子制御式ハイテクディバイス満載のウイリアムズ・ルノー FW14BがF1を席巻していた頃、根底には同じテーマを持ちながら全く異なるアプローチで製作されて、以後20年以上もの長きに亘ってF1マシンの基本形となるもう一つのマシンが走り始めました。

人事的な混乱のせいで開発・製作に十分な時間と予算をかけられなかった為、電子制御式ハイテクディバイスは一切導入されていませんが、一次チームを離脱していたメンバー達が外部のプロジェクトで予算的に厳しい環境ながら十分な時間を生かしてアイデアの練り上げと細々とした開発を進めていたコンセプトは、そのプロジェクトの頓挫を機にベネトンフォーミュラーチームへと再編入されて一年遅れで形を成す事になります。

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当時のF1トップチームのマシンコンセプトは徹底したエンジンパワー&特性の追求を基軸として、シャーシやエアロダイナミクス(空力特性)を含むその他の要素を補助的な物と位置付けたトータルバランスを追求するというスタンスの物でした。

ウイリアムズ・ルノー FW14Bの場合はこの補助的要素の中でエアロダイナミクスにより多くの比重を置き、更にアクティブサスペンションなどの電子制御式ハイテクディバイスを用いてこれを補助する事によって、機械式の構造では到達できないレベルのバランスを実現していました。

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※… { 加えて言うならば、それを乗りこなせる唯一のドライバーがたまたま揃っていたという多分に幸運な要素による物が大きいと言えます。 エースドライバーだったナイジェル・マンセル氏は当時のドライバーの中では未知の挙動を示す領域の物だったアクティブサスペンションについて、ロータス・ホンダでの開発段階で(こちらは未完成に終わってしまいましたが…)で非常に多くの経験を積んでいたので、当時の一般的なF1マシンのシャーシから伝わって来る感覚に頼る事なく頭脳で走らせる必要がある事を理解していました(事実セカンドドライバーだったリカルド・パトレーゼー氏はシーズン始めのテストで乗った時に「これは大変な事になったぞ。 このマシンのメカニズムと運転の仕方を一から良く勉強しなくちゃいけないな…」と感じたそうです。)。 そして琉球空手の有段者で武道の愛好家でもある氏は、アクティブライドマシンの運転には欠かせない強靭な肉体と腕力の持ち主でもありました。 事実、氏がF1を引退した後はウイリアムズ・ルノーの圧勝という構図は崩れてしまい、チャンピオンチームではあり続けたものの予選で他を3秒も圧倒する速さを発揮する事は無くなりました。 } 

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一方ベネトン・フォードB192の場合はこのケースとは大きく異なり、究極のエアロダイナミクスと高い操縦性を両立する信頼性の高いシャーシの追求を基軸として、整備性が良くてトータルバランスの高いマシンを製作する事により、エンジンパワーに頼るのではなくシャーシの性能を突き詰めて速さと信頼性と安定性のトータルバランスを高レベルで実現するという物でした。
これはV型10気筒エンジンやV型12気筒エンジンという大パワーエンジンが手っ取り早く手に入らなかったという事情も無くはありませんが、元々このチームのエンジニアにはエンジンメーカーに強く働きかけて大パワーエンジン開発に執着していくという大鑑巨砲主義的な志向はありませんでした(事実、コスワース社で開発したV型12気筒エンジンをテストした上で、大パワーに執着せずに軽量・コンパクトなV型8気筒エンジンの基本レイアウトを踏襲して新規開発する決定を下しています…)。

(検証の結果、やはりV12は採用されませんでした…)
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フォード・コスワースHBエンジン(コスワースエンジンには開発費用の一部をフォード社が出資する事でフォード社の名前を冠する物もありますが、設計・製造はコスワース社による物です)はF1で通算成績155勝の金字塔を打ち立てた史上最高の実績を誇るエンジンであるフォード・コスワースDFVエンジンの系譜にあり、F1のカテゴリーが1.5ℓターボからNA3.5ℓエンジンへと移行した際に開発された新時代のV型8気筒エンジンでした。

ちなみにこのフォード・コスワースDFVというエンジンについては、かつて草レース用のエンジンに関するセッティングの指導を仰ぐべくアートインターナショナル社を訪れた時に、そのオフィスで実機をつぶさに見た事がありますが、1960年代にデビューした3ℓエンジンとは信じられないほどコンパクトな仕上がりになっていたのが非常に印象的でした。

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※…(これは余談になりますが、このアートインターナショナル社はコンストラクターとして、トヨタ系のトムス社や日産系のニスモ社やRE雨宮社・他、メーカー系・プライベート系レーシングチームを問わず、ECUを含めたレーシングエンジンマネージメントやフォーミュラーエンジンの設計を供給しているという一面を持っていました。 そこらのチューニングショップとは違って管理能力の低い個人ユーザー相手にリスクの高いチューニングサービスを安易に提供する類の業者ではないので、一般人の中にはその本業を知る人は決して多くありません。 それどころか下手をすると「ただのチューニングショップ」と誤解している人の方が多いのではないでしょうか。 幸いにも盛豚の場合は偶然が重なって、本来ならば個人レベルでは相手をして貰えないような人物と面談できる機会を得て、ご厚意によりセットアップの指針などについて貴重な助言を頂く事ができました。 そして帰阪後にそのノウハウの一部を応用した愛車は関西・中部の両地区の草レースで暴れ回り、同社のノウハウを身をもって思い知らされる事になったのです…。)

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両者にはこれまでに無いエアロダイナミクスを追求するという点においては共通する物があったものの、前者では直線で追い越しボタンを押せばホンダV型12気筒エンジンをもブチ抜いてしまうという、怪物じみたルノーV型10気筒『RS3系』エンジンの補助的アイテムとして位置付けられていたのに対して、後者はこちらが車体設計の根幹として位置付けられてエンジンが補助的アイテムとして位置付けられていたという点において、同じ要素に対する位置付けが真逆であるという辺りが非常に興味深く、また印象的です。

また前者は数年に亘って潤沢な予算と時間を注ぎ込んで継続開発・熟成されて来た電子制御式ハイテクディバイス満載のマシンであるのに対して、後者はアイデアの練り上げこそ途絶えなかったとは言え親会社の意向による人事的な混乱と予算の制約がある中で約一年のブランクを経て急造されたマシンであり、電子制御式ハイテクディバイスは搭載されていませんでした。

(仕上がったのはキットカーさながらのシンプルなマシンでした)
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シーズン通算成績を見れば前者の16戦10勝に対して後者は16戦1勝と圧倒的な差があるのですが、ベーシックなパッシブサスペンションとは異なりタイヤの旋廻が始まる過渡特性や限界域の感覚を把握する事が困難であると言われる電子制御式リ・アクティブサスペンションを搭載した前者は、その能力をどこまで発揮できるかについてはドライバーによって意外とバラつきのあるマシンでもありました。

これに対して後者はフロントノーズをジェット戦闘機のように高く鋭利な形状にする事で(これだけでも如何に空力的に優れているかが窺い知れます…)、空気抵抗を減らしつつ切り裂いた空気の流れを積極的に車体下部へと導き流速を高める事でこれまでに無いレベルのダウンフォースを生み出し、軽快かつコントロール性の高い挙動とコーナリング特性を獲得していたので、二人のドライバーがコンスタントに表彰台に上る活躍を見せて、明らかにパワーで優位に立つホンダV型12気筒エンジンとディフェンディングチャンピオンのアイルトン・セナを擁するマクラーレーン・ホンダと互角に渡り合いました。

これは当時のマクラーレン・ホンダはエンジンパワーとドライバーの腕前に頼ってばかりで、シャーシの開発にろくすっぽ力を入れていなかった事(特にエアロダイナミクスに関する取り組みと技術構築には、十年分の差があったと言われています…)を考慮すると、ベネトン・フォードとは最も対照的な取り組み姿勢であった事が窺えます。
また、通年のコンストラクターズポイントの成績ではマクラーレン・ホンダの89点に対してベネトン・フォードは81点と、圧倒的なエンジンパワーの差のわりにポイント差が一割にも満たない拮抗状態だった事が表れており、非常に興味深い物があります。

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ベネトン・フォードB192は華のあるV型10気筒や12気筒の大パワーエンジンを搭載していなければ、目新しい電子制御式ハイテクディバイスも搭載しておらず、キャメルイエローをベースとした派手なカラーリングと斬新なノーズ周りの形状を除けばスペック的には実にパッとしないマシンでした。
しかしながらエアロダイナミクスを基軸として高い信頼性とコントロール性と整備性を確保して、パワーでこそ劣っていたものの逆を言えば軽量・コンパクトで扱い易いパワー特性のエンジンも一役買って、「トータルバランスが高くてスイートスポットの広いマシン」に仕上がっていたのは間違いありません。

タイヤに過度なダウンフォースと負担をかけなくても十分に鋭い旋回性を得られる事に加えて、その挙動や特性がマイルドかつコントローラブルで安定していた事が功を奏し、予選でこそ短時間でタイヤを発熱させるライバルに先行を許すものの、決勝レースでは中盤に差し掛かる頃にはマクラーレン・ホンダなど大パワーのライバル車に追いついて来て肉薄し、タイヤが消耗して来て苦しくなる中盤のタイヤ交換時期あたりやレース終盤には、そのスイートスポットの広さを如何無く発揮して襲い掛かるというエンジンパワーの差を覆すかのようなレース展開は、ウイリアムズ・ルノーの圧勝という退屈感漂うシーズンを陰で盛り上げる立役者となりました。

(大パワーマシンを向こうに回してV8のB192が暴れ回る!)
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こうした教訓から、これは全ての道具に言える事なのですが…、

結果を残す優れた物とは多かれ少なかれ「扱い易くて信頼性の高い物」に帰結していく傾向があります(この場合の〝結果″には「事故を起こし難い事」も含まれます。 まぁレースの場合は不慮の事故という物が起きてしまう事もあるのですが…)。
世の中には難しい事を克服する喜びというモノもありますが(リカンベントに対してこうした要素を求めている人もいるみたいです…)、「用途を限定してその限定された状況なりには理に適った特殊な形状をしている物を、一から練習して会得する事」は、「理に適っておらず扱い難い物に無理やり慣れてしまってごまかす事」とは一見すると似ているようで実は全然違います(オートバイの例を挙げるとレーサーのセパハンと族車の鬼ハンの違いみたいなモノです)。

乗り物においては濡れた路面やマンホールや路面の砂利・小石・ギャップなどでタイヤが滑った時を含む限界域での挙動の掌握性や、適切なハンドル・シート・他の形状とポジションがもたらす高いコントロール性を確保するように努めるのは当然の事です。

分かり易く自転車の例を挙げると、過激な特性で知られたパナソニック・ロデオでさえハンドル・シート・ペダルの形状と角度については極めてオーソドックスな物になっています。
また自動車の例を挙げると、トヨタMR-2・他旋回性が鋭く限界域の挙動がピーキーで運転が難しいミッドシップのスポーツカーもありますが、これらにはちゃんと一般的な乗用車と同じ形状の円型ハンドルと普通のシートとフラットペダルが取り付けられていました。

つまりそういう事です…。

個性的で独特の挙動を楽しむ事自体は構わないのですが、人間と車輌や道具のコンタクトポイントについては人体工学を無視した形状を避けてコントロール性が良い物を選ぶべきだという事は、乗り物だけでなくあらゆる道具に要求される当然の要素だと言えます(グリップが明後日の方向を向いていて持ち難い電動ドリルを販売して、「この持ち難いのを使いこなすのが楽しくて良い!」などと主張する電動工具メーカーなど存在しない事を考えれば、この意味がお分かり頂けると思います)。

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色々な意味で教訓を示してくれた92年のベネトン・フォードB192ですが、翌年以降のマシンにはハイテクディバイスが導入されて数年後には二年連続でシリーズチャンピオンを獲得する事になり、B192は言わばその礎となったマシンであると言われています。
しかしながら翌年以降の後継マシンについては色々とあり、特にチャンピオンイヤーについてマシンのエンジニアリング面(エアロダイナミクス・シャーシをデザインしたロリー・バーン氏の仕事とは別の領域)についてもドライバーについても「グレーだ」と言われたり、色々と良くない噂が絶える事はありませんでした(まぁグレー呼ばわりされるのも無理はないと思いますけど具体論についてはまた別の機会にという事で…)。

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やがてF1は故アイルトン・セナの死亡事故をきっかけに、遅れていた安全性確保の追求とハイテクディバイスの排除に躍起になって行きます。 シャーシの耐衝突強度の向上、エンジン排気量と気筒数の抑制、コーナリングスピードを落とす事を狙ったトレッド幅とタイヤサイズ(幅と直径)の抑制、シーズン中のエンジン開発と仕様変更を事実上禁止するエンジン開発抑制(信頼性向上の為の物を除く)…。

出力やトレッド幅とタイヤサイズを抑制された事で失った分のスピードを補う為の手段として、F1コンストラクターは益々エアロダイナミクスの追求にのめり込み、一時は排気や排気特性までもエアロダイナミクスに利用するようになるなど、エンジン開発を抑制された反動でエアロダイナミクスの追求は益々過熱して行きます。

空力開発の費用はエンジン開発の費用に比べると大した金額にならないというイメージもありますが、それでもバブル時代には「自動車メーカーでさえ風洞は高価過ぎて買えないし、童夢社が持つ国内最大最高で自動車実験用の風洞は一回稼動させるだけで600万円もの費用がかかるから、自動車メーカーが新車開発の時にその設備を借りて風洞テストをするという事は、余程期待して力を入れている高価な車種に限られる(そしてカタログには自慢げに風洞テストの様子が掲載される…)」と自動車メーカーの人に聞かされた事があります。
そうした風洞テストを何度も繰り返して改良を重ねたり、風洞技術や設備そのものの開発にも巨額の費用が投じられたりして、F1マシンの開発・製作費用が高騰した果てにどのチームのマシンも似たり寄ったりの完成形とも言える形状に辿り着きました。

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※…(そういえば最近シマノ社が完組ホイールの開発・製造にあたり、童夢社に委託してカーボンリムの設計開発・製造や小さい方の風洞でのテストをして貰ったりしているところを見ると、同社なりに費用対効果を期待して頑張っているのでしょうね)

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更にエンジンに関するレギュレーションが「挟角90°のV型8気筒エンジン」に指定された事から、F1マシンのパッケージングはどれもこれも「92年のベネトン・フォードB192をちょっと曲線的にした程度のマシン」になり、それらはB192が現役で走っていた92年から21年後にあたる昨年まで走り続けました。

(四年連続チャンピオンに輝いたレッドブルF1も、そのコンセプトはB192の延長線に位置します…)
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B192のパッケージングを設計してその素晴らしいエアロダイナミクス・シャーシを作ったデザイナーのロリー・バーン氏は、数年後にチームが世界チャンピオンを獲得した後に引退しますが、チャンピオンナンバーを背負って低迷するスクーデリア・フェラーリの再建を託されて移籍したドライバーのミハエル・シューマッハ氏に強く乞われて、同チームへと合流して現役復帰を果たします。
そして氏が手がけたマシンと育てた人材は、近代F1デザイナーの二台巨頭として並び証されるエイドリアン・ニューウェイ氏(ウイリアムズ・ルノー、マクラーレン、レッドブルと行く先々のチームで黄金期を支えたトップデザイナーです。)と共に時代のコンセプトを支配し続けました。

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※…(デザイナーとして手がけたチーム・マシンの成績においては、バーン氏とニューウェイ氏の実績は拮抗していると言われていますが、バーン氏の方が15歳も年上で齢70歳である事から10年前に第一線を引退されていますので、未来においてはニューウェイ氏のリザルトが上回る事でしょう。 しかしながらバーン氏が手がけたF1マシン達はどれも評価が高いだけでなく深刻な事故を起こしていない一方で、ニューウェイ氏の実績の中には故アイルトン・セナの死亡事故を引き起こしたFW16が含まれており、事故原因の三大要素…つまり『第一要素であるルノー社製パワーステアリングポンプの故障・第二要素であるステアリングコラムの破断・第三要素であるリヤサスペンションの構造的欠陥』の第二・第三位要素の当事者である事を鑑みれば、個人的には「ドライバーの命を賭けるほどのギャンブルをしない」という意味でバーン氏をより高く評価しています。)

(その後二十年に亘り、F1マシン達はB192のコンセプトに追随する事になります…)
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ちなみに氏が築き上げたパッケージングが昨年で終わった理由は時代遅れになったからでは無く、レギュレーションの変更によりフロントノーズの高さを低い位置に指定された事と、パワーユニットの指定がハイブリッド・ターボエンジンへと移行されたからであって、B192以来脈々と続いたパッケージングを凌駕する新しいパッケージングが生み出される事は、遂にありませんでした。

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色々な意味で良い教訓の集合体ともいえるスキの無い稀代のF1マシン、ベネトン・フォードB192についてその詳細を紹介する冊子は多くありません。
F1のみならずモータースポーツに興味のある人にはオススメの一冊だと思います。

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