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『GP Car story vol.44  Wiliams FW15C』(三栄書房)

1990年代前半のF1で急激な電子制御・ハイテク化により成功を収めたウィリアムズF1チームに対抗するには 同様に電子制御・ハイテク化を避けて通れないことは明白でしたが、FIAは「それは同時に開発コストの過度な高騰によるコンストラクターの破産の多発というリスクも意味する」と称して 電子制御式アクティブサスペンションをはじめとするハイテク機器の規制に乗り出します。

ウィリアムズFW15Cはその時代の狭間に立った最後の電子制御式アクティブF1マシンとして知られています。

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これはタラレバ話に過ぎませんが、もし歴史の分かれ道が今の世界線とは異なる進み方をして 彼等にやる気があり行きついた先の世が世なら、現代の自動車業界が必死になって開発を進めている「自動車の自動運転技術」は既に実用段階に入って久しく そのリーディングカンパニーはウィリアムズ社と業務提携したルノー社になっていたかもしれない…

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本文の序盤から中盤にかけての辺りを読んでいると そんな可能性を読み取ることができます(←本文中には一言もそうは書いてありませんが、内容を読んで理解できたらそんな気がしてきます。 尤もウィリアムズ社は自動車メーカーの一翼を担う決断をするよりも グランプリ コンストラクターであり続ける道を選んだとは思いますが…)。

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ウィリアムズ社は1970年代後半~80年代前半にかけて F1マシンにおける4WD駆動システムや後輪4輪駆動式6輪車など、様々な研究開発を実現しながらも実戦導入を目前にレギュレーションで先回りして禁止されるという やや理不尽とも言える形で封じられてきました(90年代に入ってからもCVTを実用化にこぎつけた時にも 同じ形で先回りして禁止されています)。
電子制御式アクティブサスペンションは同社が発明した画期的なシステムの中でも 数少ない「実戦に投入してその恩恵に浴すことができた例」だといえるでしょう。

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ウイリアムズ・ルノーFW15Cはモータースポーツ界において「アクティブサスペンションを搭載したハイテクF1マシンの完成形であり完璧なマシンだった」とされていますが、当時のウィリアムズ社のエンジニア諸氏や 開発ドライバーを務めたデーモン・ヒル氏(当時はアクティブサスペンション搭載車両以外に乗った経験がほとんどなかったので 実はFW15Cの欠点に気付いていなかった…)をはじめF1界のあらゆる人々からの絶賛とは裏腹に、傍目・理論上・データーで見た範囲内だけの上辺の評価のせいで見落とされてしまった意外な欠点があったことを、後年になってからアラン・プロスト氏が打ち明けています。

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アラン・プロスト…

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有名な人にはありがちなパターンで FW15Cのリードドライバーを務めたアラン・プロスト氏の人物像については 日本ではかなり誤解されているようですが、F1チャンピオンのタイトルを生涯で4回も獲得しただけでなく F1界で唯一人「プロフェッサー(教授)」の二つ名で知られた同氏は パドック関係者(ここでは運営からチーム関係者に至るまでかなり幅広い意味で)の間で人望が厚く、とりわけチーム関係者の間では非常に多くの信望(敬意に留まらない)を集めていたことで知られています。

これについては仕事で直接接点がある関係者の証言やインタビュー映像などの確かなものを選びさえすれば、事実関係は自ずと見えてきます(接点のない人物による先入観に満ちた憶測や 元ホンダ社の後藤氏がある事実を隠蔽すべく喧伝した報復評価などについては、意図的に事実とは異なる印象を流布する目的で発信されたモノなので これを除外します)。

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特に寺本浩之 氏 (油圧機器メーカーからマクラーレンF1チームのダンパーエンジニアに転身したのを皮切りに、ジョン・バーナード事務所やベネトンF1チームやフェラーリF1チームなどでサスペンションやシャーシに関するエンジニアを歴任した)の「プロストは上司、セナは同僚だった」という有名な言葉で綴られたインタビューは特筆もので、複数の出版物に採り上げられるほどの必見な内容でした(本誌には掲載されていないので、興味のある方はググッてみて下さい。 まだバックナンバーが手に入る物がすぐに出てきます)。
その内容は自身が経験談に加えてエンジニアやメカニックなどのチーム関係者達などから彼等の実体験談として直接聞いたもの(云わば当事者達の生の言葉のみ)で構成されており、メディアも含めた部外者によるコメントや脚色は含まれていません。

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当時のF1界ではプライドが高くて開発の仕事におけるテスト走行には携わろうとしないレーシングドライバー(特に大者ほど)が多い中にあって、プロスト氏は複数回のタイトルホールダーという超大者レーシングドライバーであるにも拘らず開発テスト走行には毎日のように参加しており、しかも他者に対して尊大な態度など一切取らず誰に対しても敬意ある言動で接していた氏の取り組み姿勢と人としての在り方に対して、エンジニア達もメカニック達も非常に敬意を抱いていたと云われています。
そして引き抜きなどによる他チームへの移籍は珍しくないF1界において エンジニア達やメカニック達から尊敬されるということは、彼等が移籍した先のチームにも口伝えにその評価が伝わることを意味します。

プロスト氏は他チームへ移籍していったエンジニアやドライバーについても、移籍先チームにいる上級エンジニアなどに「今年からそちらに移籍した○○君は上手くやっているかい? 彼には私も世話になったからね、彼のことを宜しく頼むよ」などと気にかけて口利きをすることも少なくなかったので、プロスト氏本人だけでなく氏にそうやって気にかけて貰えているそのスタッフもまた一目置かれるようになっていく…、そういう人柄だったと言われています。

このようにただのチャンピオンではなく平日の仕事にも参加して汗を流し 頭も使ってあらゆることを考え抜く、しかもそれだけでなく周囲の人を気にかけて気遣いまでしているというその人となりに、いつしかF1関係者達は氏を「プロフェッサー(教授)」という尊称で呼ぶようになっていきました。
そして あるグランプリで「今回はプロスト氏がマシンのセットアップに苦しんでいるそうだ」という噂が流れると、各チームのエンジニアやメカニックから密かにノウハウや情報などのアドバイスが自発的に送られてくるケースもあるなど、当時のパドック関係者の間には「プロフェッサーが苦しんでいるというのならチームの垣根を越えてでも力になりたい」という精神がごく普通のこととして浸透していたと云われています。

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傑出したF1マシンであるウィリアムズ・ルノーFW15C には、本来ならそれを語る上で欠かす事のできないキーパーソンとも言うべきエンジニアが何名かいましたが、日本ではその重要さのわりにあまり知られていない人物もいました。
本編には技術部門を統括して車体の包括的な設計を采配されたパトリック・ヘッド氏へのインタビュー記事と併せて そのキーパーソン達のインタビュー記事が掲載されています。

(読んでみたらパトリック・ヘッド氏の言う通りだと思う…)
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他ではこれだけの充実した内容は揃わないと思いますので、当時を知る人にはお薦めの一冊です。

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